nekonoyouniの日記

日常で思ったこと 印象に残ったこと 時には愚痴も 自分では分かっているけど読む人には漠然としてて分からないことも書くかもしれません。他人の脳ミソを覗く感じで見てくだされば…。

若者に伝えたいこと

若者よ、二十歳過ぎれば国民年金の支払いがあります。ただいまのところ(2020年)16540円です。
社会保険(国民年金の会社版)はお給料によって変動します。
払わないといけないものがあるってことを念頭に置きましょう。学校にも親にも教えてもらわなかったので一応。

能動的か受動的かで変わるもの

能動的か、受動的かで変わるものがある。多分生きるエネルギー量と恐怖心。
例えば、戦うか逃げるか。
ケイドロをやった小学生の時、じゃんけんで負けて泥棒の方になれば、遊びなのに警察役の子に捕まるのが怖かった。中には泣く子もいた。
反対に警察役になれば、恐怖心なんて沸いてこない。捕まえるぞ!のスイッチが入る。
愛されようとすることと愛すること。
愛されようとすると、自分のことばかりに目がいく。愛そうと思えば相手のことに目がいく。
自分には価値がない、と思ってるより、あの人のあんなところはすばらしいな、という意識に脳が占領されている方が、多分人間は光る。
いろいろ一見同じようで全く別の思考とか立場とか見え方になる。
その違いに気づけたらラッキーなことなんだと思う。

生活保護について思うこと

生活保護を貰っている人が、パチンコに行ったり、週に一度ハローワークに行けばお金を貰い続けることができるから、形だけの仕事探しをしたり、というニュースなどを聞いて、仕事している人の血税でそんなことをして!と、腹が立っていた。

どこかの刑務所で、当事者だけでなく、当事者の家族もろとも刑務所で面倒を見ている国があるらしい。
外で暮らすよりも、刑務所の中の方が生活も安定するようで、そこで暮らした犯罪者の再犯率は信じられないことに0%らしい。
そこで思ったのが、刑務所で、幸せ、安定を初めて実感して、こんな生活もあるんだ!と目標のようなものができたり、刑務所にいる期間に、正しい生活リズムなどを身に付けたりするのかもしれないと思った。
生活保護についても、週に何回か通わなきゃ行けないとか、疑るようなことはやめた方がいいんじゃないかな、と思った。
まず、仕事を失ったということはそれなりに理由があると思う。
例えば、クビになった、倒産した、うつ病になった、ケガをしたなど。
ただでさえ精神的苦痛を感じているところに、疑られているようなルールがあれば、気持ちも嫌になると思う。
真面目な人だったら、それが嫌で、自暴自棄になったり、何でもいいや、と思って就職したところで、将来を見据えた仕事に就かず、将来も貧困になる可能性が高いと思う。
フランスでは、自分が就きたいと思う仕事に就くまでアルバイトなどもしないらしい(みんながみんなではないだろうけど)。
急がば回れ
あくまで自発的に人は動かないと、問題解決は難しいと思った。

刑務所は、反省させることも必要かもしれないけど、その人を更生させることの方が大事だろうと思った。太陽と北風じゃないけど、鞭打てばいいって思うのは、人間の醜い部分、日々のストレスのはけ口のところがちょっとはあるんじゃないか、と、刑務所の動画を見て思った。
大体、他の人(どんな犯罪者だろうと)に干渉して腹を立てるのは、腹を立ててる人の問題なのかもしれない。

自転車で子供をはねたニュースで思ったこと

加害者の人は多分、心が敵がい心でいっぱいだったんだろうな、ということ。

今の世の中は敵がい心でいっぱいだけど、敵がい心なんてなくていいんじゃないか、と思った。

多分、人間が進化していく過程で必要だったんだ、とか、今現在でも、家族とか、自分を敵とか脅威から守るのに必要とかなんとかあるかもしれないけど。

でも、日々生活していく上で、これ(敵がい心)がなかったら、どんだけ幸せかと思う。

実際敵がい心が役にたつことなんて千に一つとかそんなもんだろう。

敵がい心よ、消えてくれ…

料理のストレスから逃れる方法

家庭によっては家族の理解が必要な方法です。
晩御飯のメニューはいつも、①納豆、②卵(卵かけご飯用)、③豆腐、④野菜炒め、で固定させてもらう。
説明
①納豆
体にいいイメージ。ご飯に合い、毎日食べても飽きない。火を使わずに食べれる。
②卵
卵かけご飯も納豆と同様、ご飯に合い、飽きない。これも火を使わずに食べれる。最悪野菜炒めが失敗しても、卵で幸せにご飯を食べれる。
③豆腐
たんぱく質を取れる。安い。飽きない。これも火を使わずに食べれる。
④野菜炒め
野菜をたくさん食べれる。お肉も入れれば家族も納得。唯一火を使う。①②③④に火を使わずに食べれるおかず(たくわん、ぬか漬け、キムチなど)を出せば満足度もアップ。
まとめ
野菜炒め以外はただ盛り付けるだけ。野菜炒めは、旬の野菜を使えば、同じ味付けでも味が変わり、飽きない。野菜炒めしか火を使わないので、集中して作れる。
野菜をいっぱい食べてると思うと、なんかちょっと気分がよくなる。
なんと言っても、献立を一年で365回考えなきゃいけないところを0にできる。その時間ったら膨大。献立を考えなくてよくなると、人生の荷がだいぶ減る。
休みの日は、もちろん同じでもいいし、何かちょっとつけ足すもよし。きっと余裕が出てきて、ちょっと料理が好きになるかもしれない。

人生とは

絶望→希望→平凡の繰り返し。絶望はいつか希望に変わる。絶対もうダメだと思うと、次の瞬間何かの拍子で希望が湧いてきたり。
だからいい加減このことを理解して、冷静に対処したいけど、絶望してるときは大体視野が狭まってて、そうは考えられない。
絶望したら、ハイハイまた来たな、くらいの感覚でいいんだろう。

コロナウイルスから学ぶこと

コロナウイルスで世界中が大変なことになっている。
スペイン風邪が流行ってからほとんど100年目。というかスペイン風邪は終息するのに3年かかったらしいので、100年目にちょうど被る。自分が生きているうちにこんなことって起きるんだ、と思った。
コロナウイルスはとてもマイナスなイメージがある。絶望に近い暗いイメージ。ただ、悪いことの中にも、学べる事が1つくらいある。というか、人間ってそういうことを経験して、人として成長していく。できたら経験したくないけど。
じゃあ何がコロナウイルスから学べるか考えてみた。
①風邪を引くときは大体弱ってる時。休息すべし。
②ちょっとは貯金をしとくべきだった!と気づくこと。
③野生の動物は扱いに注意しないといけない。(原因ははっきりしないようだけど)
④人口密集地に住み続けるべきなのか?と考えてみることができる。人によるけど。
⑤④に含まれることだけど、もしパンデミック以外の人災や自然災害が都市で起きたらどうなってしまうか考えるきっかけになった。(例えば、人口がもうすぐ1000万人の東京で大地震が起きたら?水は?食料は?家は?1000万人の食料の用意って大変だろう、など)
⑥色々な物が品薄だったり、閉鎖だったりでちょっと便利さに慣れすぎてたことを自覚。いつも普通に思ってたことも実はそうじゃない。その反面あんまりいろいろな物が便利だと全てのものにありがたみが薄れちゃうのは悲しい。値段が高くて欲しいものを買った時ぐらいにしか感謝とか喜べなかったり、すぐに飽きてしまったり。人によりけりだけど、不便な生活をして感謝たくさんできる生活をしたいと思えた。
⑦多分、多くの人が遠くにいる両親のことを気にかけた。
⑧テレワークにシフトっぽい。もしかしたらこれで日本も、本当に効率よく仕事するにはどうするべきか、考えざるを得なくなったかも?

まだまだありそう…