nekonoyouniの日記

日常で思ったこと 印象に残ったこと 時には愚痴も 自分では分かっているけど読む人には漠然としてて分からないことも書くかもしれません。他人の脳ミソを覗く感じで見てくだされば…。

自転車で子供をはねたニュースで思ったこと

加害者の人は多分、心が敵がい心でいっぱいだったんだろうな、ということ。

今の世の中は敵がい心でいっぱいだけど、敵がい心なんてなくていいんじゃないか、と思った。

多分、人間が進化していくつか過程で必要だったんだ、とか、今現在でも、家族とか、自分を敵とか脅威から守るのに必要とかなんとかあるかもしれないけど。

でも、日々生活していく上で、これ(敵がい心)がなかったら、どんだけ幸せかと思う。

実際敵がい心が役にたつことなんて千に一つとかそんなもんだろう。

敵がい心よ、消えてくれ…

料理のストレスから逃れる方法

家庭によっては家族の理解が必要な方法です。
晩御飯のメニューはいつも、①納豆、②卵(卵かけご飯用)、③豆腐、④野菜炒め、で固定させてもらう。
説明
①納豆
体にいいイメージ。ご飯に合い、毎日食べても飽きない。火を使わずに食べれる。
②卵
卵かけご飯も納豆と同様、ご飯に合い、飽きない。これも火を使わずに食べれる。最悪野菜炒めが失敗しても、卵で幸せにご飯を食べれる。
③豆腐
たんぱく質を取れる。安い。飽きない。これも火を使わずに食べれる。
④野菜炒め
野菜をたくさん食べれる。お肉も入れれば家族も納得。唯一火を使う。①②③④に火を使わずに食べれるおかず(たくわん、ぬか漬け、キムチなど)を出せば満足度もアップ。
まとめ
野菜炒め以外はただ盛り付けるだけ。野菜炒めは、旬の野菜を使えば、同じ味付けでも味が変わり、飽きない。野菜炒めしか火を使わないので、集中して作れる。
野菜をいっぱい食べてると思うと、なんかちょっと気分がよくなる。
なんと言っても、献立を一年で365回考えなきゃいけないところを0にできる。その時間ったら膨大。献立を考えなくてよくなると、人生の荷がだいぶ減る。
休みの日は、もちろん同じでもいいし、何かちょっとつけ足すもよし。きっと余裕が出てきて、ちょっと料理が好きになるかもしれない。

人生とは

絶望→希望→平凡の繰り返し。絶望はいつか希望に変わる。絶対もうダメだと思うと、次の瞬間何かの拍子で希望が湧いてきたり。
だからいい加減このことを理解して、冷静に対処したいけど、絶望してるときは大体視野が狭まってて、そうは考えられない。
絶望したら、ハイハイまた来たな、くらいの感覚でいいんだろう。

コロナウイルスから学ぶこと

コロナウイルスで世界中が大変なことになっている。
スペイン風邪が流行ってからほとんど100年目。というかスペイン風邪は終息するのに3年かかったらしいので、100年目にちょうど被る。自分が生きているうちにこんなことって起きるんだ、と思った。
コロナウイルスはとてもマイナスなイメージがある。絶望に近い暗いイメージ。ただ、悪いことの中にも、学べる事が1つくらいある。というか、人間ってそういうことを経験して、人として成長していく。できたら経験したくないけど。
じゃあ何がコロナウイルスから学べるか考えてみた。
①風邪を引くときは大体弱ってる時。休息すべし。
②ちょっとは貯金をしとくべきだった!と気づくこと。
③野生の動物は扱いに注意しないといけない。(原因ははっきりしないようだけど)
④人口密集地に住み続けるべきなのか?と考えてみることができる。人によるけど。
⑤④に含まれることだけど、もしパンデミック以外の人災や自然災害が都市で起きたらどうなってしまうか考えるきっかけになった。(例えば、人口がもうすぐ1000万人の東京で大地震が起きたら?水は?食料は?家は?1000万人の食料の用意って大変だろう、など)
⑥色々な物が品薄だったり、閉鎖だったりでちょっと便利さに慣れすぎてたことを自覚。いつも普通に思ってたことも実はそうじゃない。その反面あんまりいろいろな物が便利だと全てのものにありがたみが薄れちゃうのは悲しい。値段が高くて欲しいものを買った時ぐらいにしか感謝とか喜べなかったり、すぐに飽きてしまったり。人によりけりだけど、不便な生活をして感謝たくさんできる生活をしたいと思えた。
⑦多分、多くの人が遠くにいる両親のことを気にかけた。
⑧テレワークにシフトっぽい。もしかしたらこれで日本も、本当に効率よく仕事するにはどうするべきか、考えざるを得なくなったかも?

まだまだありそう…

面白いものを発見

アマゾンプライムで「湯を沸かすほどの熱い愛」を見た。疑問に思う場面があったので、その疑問を解決するためにレビューを読んだ。
レビューを読むと、この映画が よかった という人と よくない という人が極端に別れていた。
いいものを悪い、悪いものをいいっていう極端さが興味深かった。
そして、映画をまるで評論家のように文語で細かくレビューしている人がいて、しかもその内容がとても深くて、映画を見た後にレビューを読んで、なるほど!あの場面はそういう意味だったのか!とか、逆に口語で書かれているレビューは、書いた人の感情が出ていて、自分の人生経験に照らし合わせて書いているんだろうな、と思った。
映画のレビューは日常ではあまり出会わない人の強い感情に接するような感じがする。
だから、エッセイでもないけど読むのがなかなか面白いと思った水曜日。

日本経済のこれから

将来に対する心配がある。人間は心配する事で色々な危険に備えているらしい。

ところで、経済の話になると、中国のGDPが日本を上回ったとか、アメリカのGDPがどうのこうのとかインフラとかデフレとか色々難しい言葉が並ぶ。

経済の話になるとなんか他の外国、例えば中国、韓国とかに勝たなきゃいけない!みたいな話になるけど、そもそも戦う必要ってあるのか?って思う。

結局は日本の住民が幸せに暮らせるんならいいと思う。日本で作った機械とかも日本での消費が多いらしいし。

日本の住民が幸せに暮らせるようにするには、法律で最低賃金上げて、その法律破ったら決めた罰を課せばいい。
余裕ってとても大事だと思う。金銭的な余裕、時間的な余裕。それがあれば多分精神的余裕につながって、資源が無いって言われる日本にアイディアっていう資産ができるんじゃないかと思う。多分埋もれている才能は多い。

そうしたら結果的にいいアイディアで生まれたいい製品とか仕組みとかが人が幸せに暮らせるように役に立つ。焦って、搾取して作った製品ってなんか分かる気がする。安っぽかったり、カッコ悪かったり、あまり練らずに作ったから中途半端だったり。

そもそも生産ってそんなにしなきゃいけないのか?トヨタの車世界中で売りまくんないといけないの?

それでまず、GDP が高い国って幸福なの?

日常の非日常

テレビとか、ユーチューブとか、その他色々な娯楽がある。
そういうのを毎日見てると、みんなすごいな、自分も何かしなきゃ!でも特技とかなんにもないし…って焦って落ち込んでの繰り返しになる時がある。
でもよくよく考えて見ると、有名なユーチューバーってほとんど(言い過ぎか)ADHDな気がする。
いつもバイタリティーに溢れてる感じ。
そんな人と比べたら自分なんてって思うのは当たり前だ。
なんか惹き付ける魅力がある人はサイコパスだし。もちろんみんながみんなそうじゃないだろうけど。
だから日常に見ている画面の向こう側の人たちは非日常だと思ってないと焦燥感とか、自分ってダメだなって思ってしまう。特に弱っている時は。
そんな風にして焦っている事が遠回りになったり、投げやりになる原因だから、恐れ多くもそういう人と比べたりしないようにしよう、と思う。